小曽根真、ゲーリーバートンツアー札幌公演に行きました。実は大きいホールのジャズコンサートは初めての経験です。小曽根さんは2008年のPMFでバーンスタインガラコンサートに出演した時初めて聴きました。バーンスタインの交響曲(ほぼピアノ協奏曲)でソリストをつとめ、カデンツァのほぼ無音部分で客席アラームが鳴るという大ハプニングを見事切り抜け鳥肌がたちました。その後、クラシックのコンサートで聴く機会はあったのですが、小曽根さん本来のジャズは初めてです。
ゲーリーバートンはアメリカのバークリー音楽大学で小曽根真を見出した、恩師であり、長く共演をしてきた信頼できるパートナー。そのバートンが演奏活動を引退するツアーに小曽根を共演者として選んだのです。これは聴かなくてはと思いました。
小曽根さんの楽しいピアノとバートンさんの優しく暖かいビブラフォンの音色で聴かせてくれました。終焉後はサイン会まで。楽しんでまいりました。
体の調子が悪くて医者に診てもらったけれどもよくならず、別の医者にかかったら間もなくよくなった、という経験はありませんか。初めの医者はやぶ医者で、あとの医者は名医なのでしょうか?そういうこともないわけではないでしょうが、あとの医者に良い印象を持つのは当然の理由があります。『後医は名医』という言葉は、患者さんがあとにかかった医者が病気を治してくれたという印象を持ちやすいということを言った言葉で、だから、ふつう後医は前医のことを悪く言ったりしません。後医は前医の治療が効かなかったという情報を持っていますので、別の治療ができます。初期のころははっきりしなかった典型的な症状が後になって出そろうこともあるので、診断がしやすくなっています。また、ほっておいても自然に治っていく病気もあり、治りつつある時期に診た医者のおかげではないかもしれません。
そういう私もランニング中に腿の付け根が痛くなり最初にかかった病院では骨に異常なく、筋肉の炎症だと言われました。4週たってもよくならないのでMRIをとったら股関節に水がたまっているから専門医に診てもらうようにと言って、質問してもそれ以上詳しく説明してもらえませんでした。途方にくれましたが、知り合いの医師に相談してみてもらうことにしました。『そういう目で見ると、』と前置きしながら、骨折しているようです、と診断してくれました。はじめのころははっきりしないこともあると、前医をフォローしていました。思うに前医も投げ出さずに継続してみてくれていたら骨折の診断もできたでしょうに、簡単に専門医へ丸投げしてしまうのはどうかな。
時間が治療してくれるということもある、というお話でした。
このブログの初めての投稿でも話題にしましたが、ノーザンホースマラソン、今年もエントリーしました。しかし今年はけがのため初めてのDNS(do not start) 棄権しました。練習しすぎで恥骨の疲労骨折を起こしてしまったのです。女性ランナーによく見られるらしいです。
骨折初期はX線写真ではわかりにくいことが多いらしく、私もひどい痛みで走れなくなってから1カ月以上たって診断されました。最初は肉離れかと思って様子を見ていましたが2週間たっても治る気配がなく、最初に写真を見た整形外科医には「骨は異常なさそう」と言われました。4週たっても痛みが引かず、恥骨骨折は念頭にはおいていましたので、MRIを受け、5週目に再度のX線検査を受けてやっと診断してもらえました。骨折とわかれば、負荷をかけないようにして、筋トレは指示されました。怪我をして10週でやっとラン許可が出ました。
目標に向かってたくさん練習してもけがをしたら、結局練習できなくなります。歳をとると回復に時間がかかるようになるので、けがしてはいけないですね。思えば2カ月くらい前から、そけい部に弱い圧痛があったのです。走っても痛くならないので無視していました。女性ランナーの皆さん、そけい部の痛みには要注意ですよ。場所が場所ですので、受診をためらいがちですが、恥ずかしいことは何もありませんでした。ファスナーや金属のついていないジャージのようなものを着ていけばそのままレントゲンとれますし、(検査用ズボンも貸してくれます)診察でもそのまま足を動かしたりして痛みの出方を確認していきますので。
眼のかゆみや充血、まぶたの腫れ、目やにや涙を訴える患者さんが増えています。シラカバ花粉症の季節です。みなさん反応が早いです。花粉症と気づいていない方もけっこういらっしゃいます。なぜか片眼だけ症状がある方もいます。片眼だけだと花粉症とは気づきにくいですね。
シラカバの花粉症の方の中には、果物を食べるとのどがかゆくなる方がいます。リンゴ、桃、サクランボなどに反応しますが、いろんな果物が食べられなくなってしまう人もいます。心当たりのある方は、一度耳鼻科などで検査を受けたらよいと思います。かゆいだけでなく、のどの粘膜が腫れて、呼吸が苦しくなってしまう方もいますので、自分のアレルギーを知ることが大事です。
ピアニストは芸術家であると同時に、すぐれた身体能力を持つアスリートであり、膨大な音符を記憶し瞬時に情報処理をする知性の持ち主であるとまえがきに書かれていますが、私も常々そう感じており、どうやってそんなことができるようになるのか知りたいと思っていました。
練習によって脳が変化するというのは予想がついたことですが、指を動かす筋肉で省エネが行われるのがプロの演奏家だということで、なるほどと思いました。疲れず素早く動かすには、無駄な動きや力があるとうまくいかないのです。
興味深いのは楽譜の初見演奏のメカニズムです。視覚情報を素早く指の運動に変化させなければなりません。このとき周辺視野を使って1度に1小節程度認識して記憶し、音のイメージを得ているのだそうです。また、音符を動きに変換する脳の部位があるということも驚きでした。
音楽家にとって一番大切な聴覚に対応する脳細胞は、一般人の2倍も多く、つまり音の情報を処理する能力が高いということで、音の違いを聞き分け表現することができることになります。耳からの情報を脳の視覚野の細胞をも使って処理しているという事実には驚きです。そして、音と指の動きが直結するような脳細胞も発達しているとのこと。つまり目から、耳から取り込んだ情報を無駄なく指の動きに変換できる脳を持つのがピアニストのようです。その脳は、幼いうちから訓練することによって発達するものもありますが、大人になってからでも発達するものもあり、脳の訓練には大変良さそうです。
1971年立花隆30歳の時の作品を1990年、いくらかの新しいデータを付け加えて文庫化したものである。20年たっても内容が古くないばかりか、さらに25年以上たっても考えるべき視点がたくさんである。先日よんだサピエンス全史にも通じる内容である。
エコシステムとは生態系であり、生物群集と非生物的環境の総合された物質系のことだというが、要するに地球上のものはすべて複雑に絡み合って存在しているということだと思う。地球システムをエネルギーに関しては開放系、物質はほぼ閉鎖系ととらえるそうだ。
生態系や気候にとどまらず、システム、適応、倫理にまで考えを進めている。システムについては、チャンネルは多い方が良い、フィードバック機構をつくれ、と現在でも言われていることである。
ある生物にとって最適条件となると、潜在的に持っている繁殖力により、数が爆発的に増えることになる。しかも生物が機能を完全に発揮できるのは、最適条件下よりも我慢状態においてである。生物は生態系に組み込まれていることによって爆発的増加を抑えられてきたが、人類は努力を積み重ね、最適条件近くまで達してしまったので、人口爆発寸前まで来ている、と45年前に立花氏は書いているが、今すでに人口大爆発状態になってしまった。ストイシズムがが生き延びる条件であり、下等生物のほうが適応幅が広く環境変化に対して耐えうると述べられている。
人間の倫理観は自然の前では通用しない。弱い者は卑怯な手を使って生き延びる。ゴマすり、足を引っ張る、だます、強者にへばりついて甘い汁を吸うなど。強者は弱者の甘えと卑怯さを許す。その中間のものは助け合いの精神を発揮するのがよい。
生存については、似た者同士はライバルになり、過密も過疎も生存には適さない。人は縄張りを大事にする。順位付けは腕力だけの動物と違って人間は、順位の種目が多すぎる。出し入れが激しいほど生活は豊か。
無駄をなくして合理的にということで小さな無駄はなくすことに夢中になるあまり、大きな無駄を見のがしているかもしれない。自然には一見無駄に見えても無駄なものはなにもない。
札幌駅前にできた六花亭ふきのとうホールへ初めて行きました。札響メンバーによる室内楽コンサートです。入場料は4000円ですが、六花亭のポイントをためていたので400ポイントで入場券と引き換えることができました。お菓子を40000円以上買ったことになりますが、お客様を大事にしている会社だと思います。
以前札響メンバーによる、カメラータ札幌という室内楽グループがありファンだったのですが、その管楽器メンバーはみなさん出演していました。音楽は楽しく、演奏は大満足でした。でも気になったことも。
1曲目はリヒャルトシュトラウスの「13管楽器のための組曲」初めて聞く曲でしたが、最初、音が過剰に響きすぎて、耳がおかしくなったかと思いました。最前列にいたのが悪かったのかもしれませんが、ホールが少人数のためにできているのか、狭い感じでホルン4台が響きすぎに感じました。2曲目はタイトルになっている、モーツァルトの「グランパルティータ」で、各楽器の音はそれぞれバランス良くはっきりと聞こえました。この曲の第6曲テーマとヴァリエーションは、フルート四重奏曲のそれとほとんど同じ曲です。モーツアルトは良く使い回しをしていますね。
さてここで一つの疑問は、この曲には指揮者は必要だったのかということです.カメラータ札幌には指揮者はいませんでした。9人くらいは指揮者なしでも合わせられますね。13人は難しいのでしょうか。確かにテンポが変化するところは難しいのかな。最近読んだもの(某楽器店のサイト)には、研究によると奏者は視覚で合わせられると書いてありました。特に顔や楽器の動きを見て合わせるそうですが、首から下しか見えない状態でも合わせることは可能だとのこと。プロだから、事前に打ち合わせしておけば指揮者なしでも演奏できるのでしょうね。それに少人数のアンサンブルは多少ずれるのもまた聞いていて味があると思いますが。今日の演奏は指揮者がいましたから音のタイミングはピッタリでした。(少なくとも私にはそう聞こえました)ぴったり合うのは気持ちいいですし職人技、美しさを感じますが、指揮者なしの演奏ではスリルや楽しさをより強く感じることができる気がします。
東京マラソンが開催されました。ここでランニングブームについて雑感を少し。
走ることは誰でもできるしランニングはスポーツとしては敷居の低いものだと思います。でもまだまだフルマラソンを走れると思う人は少ないでしょう。ネットを検索した知識で申し訳ありませんが、ランニング人口に対し、フルマラソン完走者は数%、日本の人口に対しては数百人に1人といったところのようです。なぜフルマラソンを走れないのか、それは多分、『走れると思わないから』じゃないかと思います。
私はなぜか子供のころからマラソンのTV中継が好きで、ただ走っているだけの映像を飽きもせず2時間見続けていました。でもその頃はまさか自分が走れるとは考えてもみませんでした。札幌に住むようになって北海道マラソンを毎年沿道で応援しましたが、走っている人と自分は別世界です。家族が走るようになりましたが、それでもまだ走るつもりはありませんでした。ひょんなことから走り始め、さらに走り始めて10カ月足らずでフルマラソンに出ることになった時、走れないとは思いませんでした。家族も走れているのだから自分も走れるだろうと。練習すればきっと走れると思い、1回約7km、週2回ほど走り続け、2か月前には20km、1か月前には30km走り切り、初マラソンを4時間20分で完走しました。
走っているみなさん、きっとフルマラソンは完走できます。できると思って練習すればいいのです。健康な人は全力で走って苦しくなっても、そうそうダメージを受けるわけではありません。練習をやりすぎて故障する人は多いですから、少なめの練習で。ゆっくり長く走るのがいいと言われていますが、短く速く走る方が走力は付きます。ゆっくり長くは持久力を付けるためなのでランニングでなくてもいいと思います。幸い私は水泳と自転車で持久力を鍛えていました。いろんな運動をした方が足に負担がかからなくてよいのではないでしょうか。
ただ歳のせいか最近練習しすぎか、あちこち故障が出てきました。回復にも時間がかかるので気を付けていきたいです。
上下巻のボリュームある本です。地球上にいくつか生まれた人類の内なぜホモサピエンス1種のみが生き残り繁栄したのか。3つの革命がサピエンスの歴史で大きな変化をもたらしたとしています。認知革命、農業革命、科学革命。現実に存在しないものを他者とあるいは集団で信じることができるのはサピエンスだけ。宗教然り、国家然り、貨幣然り。そして認識を共有して大きな力を出せるので他の人類種を凌駕できた。これが認知革命。農業革命は、自然に人工的に手を加え食料を得るようになったこと。食料が増え、サピエンスの数を増やすことになった。しかし、狩猟採集時代はいろんなものを食料にしてきたのに、農業によりある特定の作物、家畜だけを育てるようになり、いわばサピエンスはそれらの動植物の奴隷になったと言えるのではないか。食料のバラエティが減って栄養バランスが崩れたり、育てている作物が被害にあうと飢餓の恐れも増えたのではないか。第一、狩猟時代より労働量が増えたのではないか。はたして農業革命以前よりサピエンスは幸せになったのだろうか、と疑問を投げかけています。科学革命以前は、支配者は何でも知っていて、将来も今も大きく変わることはないという認識だった。そうではなくて、サピエンスにはまだ知られていないことだらけなのだ、知ることによってかわるのだという認識を持つことで急速に技術を発展させることができるようになったのが科学革命の本質なのだと唱えています。
目からうろこのとらえ方です。サピエンスは発展を遂げてきましたが、実際以前より幸福になっているのかという問いに対して、幸福の感じ方にはホルモン受容体に関する限界があるので、個人の幸福度がどんどんあがっていくことはないという、生化学に基づいた結論を述べ、何を望んだらいいのかを考える時ではないかと締めくくっています。
フルートの練習のためカラオケボックスを利用しておりました。すると隣の部屋あたりから、笛の音が。オカリナのようです。数人で合奏しています。それぞれ微妙に音程がずれています。オカリナのチューニングってどうするんだろう。機械的に調整できる仕組みはないですよね。耳で聞いて吹き方で合わせるしかないのだろうけど、それってかなり高度な技術では?
お隣の団体はどうやらそんな技術は持ち合わせていないようです。自分勝手に音を出しています。一応リズムやメロディはそろっているので、一人で吹けばいい音なんでしょうが。同じ音でユニゾンで演奏しているうちは、小学校のリコーダーの授業のようで、なんとか我慢することができます。2部、3部合奏はもうだめ。聞いていると頭が狂いそうになる。自分でいうのもなんですが、私は物事に対する許容範囲は広い方だと自認していますけれど、これはダメだった。いっそのこと前衛ジャズのようなものや、リズム、メロディのはっきりしない現代音楽なら不協和音もそれなりに楽しめますが。なまじのどかなメロディアスな歌えるような曲は不協和音に似合わない。オカリナの合奏曲を作ることは犯罪かも。もともとチューニングのできない楽器ですからね。
土日診療 札幌市中央区南2条西4丁目 かんし眼科医院 011(241)2413